予想の斜め下に埋まっているブログ

徒然なるままに考えたことを書く、読んだ結果「ひまつぶしになった」という効用以外ないブログ

みんなが食いつくようなブログ構文の文章は書きたくない(僕の「読まれないようにする」のブログの書き方)

(今回の話に明確なオチはないので本当に暇な人だけお読みください)

 ただそんな気分。ショーペンハウアーの考えにどっぷりつかっているので、基本的に自分の作品に対してなるべく時間を使ってほしくないと思っている。それならば、過去の名著なり、名画なり、名盤なりを鑑賞する時間に使ってほしい。そもそも自分のブログの文章は他人に読まれることを前提とした組み立てを行っていない。

 いい機会だと思うので、自分のブログの書き方について書こうと思う。世の中には自分が思いついたことに対して即座に自分自身が否定し考えを棄却するタイプの人がいるが、自分はそのような人とは逆でとりとめもない考えが続々と沸き上がり、それを止める脳内機構もないのでネタに関しては困らない。よくネタを思いつくのは風呂に入っているときで、過去に思いついたネタがさらに根を広げるのもそんなときだ。

 就活中受けさせられた性格診断テストなどで「ときどきぽかんとしていることがある」という質問文をよく見かけたが、自分はまさにそんな感じで暇さえあればなにか過去に思いついた大したことでもないことを考えている。

 思いついたネタは可能な限りすぐにメモを取る。僕が使っているのはGoogle Keepだ。スマホのホーム画面からワンタップで新しいメモを作れるように設定している。そして時間があるときにメモ帳からサルベージし、それぞれの形態の初期状態として保存しておく。例えばブログの場合であればタイトルと簡単な本文の内容だけ書いて下書きで保存。音楽やゲームのアイデアならどんな内容かわかるタイトルでプロジェクトを作成し保存、といった具合だ。

 僕にとって一番の障害となるのはやる気だ。ネタを思いつき、それを成長させることに関しては得意だと感じている。そのクオリティに関してはわからないが。しかし、アイデアを形にすることに関してはとにかく苦手でめんどくさいと感じる。まあほとんどの人はそうだと思うが。なのでやる気がるときに一気に適当に書き上げるようにしている。

 ブログの書き方はこんな感じだ。タイトルに話を戻すと、自分が未来に残るような大作を作り上げるとは考えられないし、そもそもそのようなものを作り上げられるような創作の形態をとっていない。しかし、思いついたネタに関しては自分は面白いと思っているし、人にも知ってもらいたいと思っている。なので「自分が作ったこの作品を私はとても面白いと思っていますが、きっとほかの名作を見たほうが有意義なので、本当に暇な人のみご覧ください」のような回りくどいオススメ文を書くことになる。そういった意味で、なんのなかみがなくても記事に対して食いつきをよくすることができるブログ構文の文章は書きたくないと言っている。

 「本当にいいものはそんな構文なんか使わなくても人々に読まれる」ということが言いたいんじゃない。超高速で情報が行きかう現代社会においてはとにかく情報の形態をフックが多いものにしないと、たとえ良いものでも人の目に留まることはないと思っている。

 結局なにが言いたいのかわからないこんな文章に対して人の時間を使わせたくない。しかし自分が考えたことを表現したい気持ちはある。他者と自分に対して真摯になるとこんな感じになる。

 作品に対する自分の姿勢の自己分析は「面白そうとは思っているが、人の時間を奪うほどのものではない」というものだと思っていた。しかし、この文章を考えているうちに「人の時間を奪いたくない」というのは自分が作品に対して真剣に向き合っていないことへの免罪符としているのではないかとも思うようになった。「真剣に作っていないから人に見られたくない」あるいは「こんなに時間をかけて作ったものが評価されないのは悔しいからそう思って意地を張っている」のかもしれない。

 これを読んでいる人に対しては何の実りもない文章だったが、書いている自分にとっては新たな気付きを得ることができたので意義があったと思う。よかった。

 終わり